記事詳細ページ

日本遺産認定羽黒山での山響コンサート 世界へ発信!

この記事の内容は、日本遺産認定記念 山形交響楽団コンサート※に出席された
オーストラリアのメディア関係の方が、御自身が運営するホームページに掲載された山形県の情報を、
山形県インバウンド・国際交流推進課において翻訳したものです。

※日本遺産認定記念 山形交響楽団コンサート:平成28年10月10日(月)に出羽三山神社で開催
<情報元> クリエイティブ カウボーイ フィルムズ ホームページ
URL:http://www.creativecowboyfilms.com/blog_posts/yamagata-days



JAPAN ART & CULTURE Yamagata days

私達の人生の中で思い出す日々がある。山形での日々は記憶の中に長く残るだろう。
“山形県庁の友人によるおもてなしは、日本流で驚くほど素晴らしいものであった”。

香港を経由してのロンドンから名古屋中部空港へのフライトは長く思えた。
その後に、アンドレアと私と友人の真理は、
名古屋にある小牧という小さな空港で山形への乗継便を待っていた。
10月初旬ということもあり秋の気配を感じるが、本州ではまだ太陽が輝いている。
日本では、自然の色彩が劇的に変わり始める時期である。



日本の空はとても印象的で、大きく深みのある雲が正午の青空をバックに、
白・灰色・黒を描いている。

我々の乗った小さいジェット機は、暗い雲の間を抜け、北東にある山形へと向かった。
雲は、厚く暗かったが空いっぱいにある雲の隙間から、力強い陽の光が下に見える丘を照らしていた。
飛行機は雲を通って下におりた。
ここは昨日雨だったが、皆、これからの3日間が良い天気であるよう祈っていた。
パッチワークのような田畑がある山形が見え、再び滑走路に降り立った。

我々は、山形県庁のゲストとして山形にいた。
これから3日間の天気がなぜ重要かというと、かつて例を見ないイベントが初めて行われるからだ。
それは、羽黒山頂上にある古代杉に囲まれた出羽山神社 三神合祭殿前の開けた場所で、
山形交響楽団により行われる屋外コンサートである。天気が持つかどうか心配だった。

ホテルのベッドを見たときは嬉しかった。まだ時差ボケが残っている。

翌朝早く、私達は山形県庁からの友人や他のゲストと一緒に、
山形県にある文化遺産へ出発した。

山形は食物を育てる地域であり、農業は重要である。
貴重な品種の米が大切に育てられ、様々なフルーツや野菜がここでは育つ。
すなわち、食物は重要であり、食物を作る技術、そして鶴岡市に7つの醸造所があることからも、
酒を作る技術は山形県文化の中心である。実際、鶴岡市は文化の中心として日本で初めて
ユネスコ食文化創造都市ネットワークに加盟認定された市である。

ここでは、午前中に日本海で泳ぎ、午後は雪に覆われた山でスキーをすることが可能である。

私達が訪れた羽黒山は、三関三渡(出羽三山で行う苦行)を行い
巡礼者の死と再生を表すという羽黒山・月山・湯殿山からなる出羽三山の一つで、
最もアクセスし易い。私達は、その神道の中心地から旅をスタートさせる。



我々は、300年以上前の修行僧により植林された杉の森を通り抜け、苔で覆われた古い階段を歩く。



堂々とした木々は、何世紀にも渡りその木陰の道を歩いた巡礼者達の長い思い出を抱き続けている。
これは修験道という山岳信仰、そして精神力への道で肉体的な忍耐が求められ、
悟りを開くために通る道のりでもある。
寺社や森林、古道や山頂の美しさは、彼らの精神の帰路を支えるに違いない。

 

山伏は古くからの白装束を身にまとい、私達を羽黒山五重塔へと先導するため、
杉の森へと入っていった。
樹齢1,000年の爺杉から初めて羽黒山五重塔を見たときは身震いがした。
古より景観の中にあり、東北で一番古い塔は、日本文化と職人の技術の傑作である。



巡礼者と異なり、我々は羽黒山の頂上までの2,446段の杉の階段を登るのを避けた。
時差ぼけもあったので賢明な判断だった。車へ戻り次の目的地である近くの黄金堂に向かった。



このお寺は、1193年に起源する。めったに展示されない貴重な仏像が、
一般公開される特別な時期である。見ることができて光栄だった。

次に立ち寄ったところは、羽黒山 参籠所 斎館(山伏の隠れ家)で、
何かとても特別なことが起きそうな予感がした。
昼食は精進料理で、羽黒山の杉階段の先にある庫裏の名高い味である。
精進料理は僧侶が肉を食することを厳しく禁じた仏教や神道とのつながりから、
風味豊かで滋養に富む料理へと発展していった。



エアコンの効いた快適な車で山道を登ってきたが、
庫裏に入る前に2,446段の階段を上って寺に到着した巡礼者達を見るのは少し罪悪感があった。
しかしそのような罪悪感も、テーブルに完璧に配置された食事を見たら、直ぐに無くなってしまった。

 

「様々な種類の料理があります」料理長の伊藤さんが、月うさぎメニューで表現したことについて話す。



これは菜食料理で、三日月の形の皿に盛りつけられ、第二の山、月山を表している。
伝統的にこの料理は6皿だが、ここでは2皿追加しているので、
通常よりもやや大きな円を描いて並べられている。
この食事は完全にベジタリアン向けで、仏教徒スタイルだ。
全てのスープの素はベジタリアンのもので、魚や貝、化学調味料、合成された香りも使用されていない。
全ての食材は、海草など海のもの、山から採ってきた野菜や果物になる。
この食事はビーガンに適している。



その起源は、山で厳しい修行をしている山伏が作った料理である。
最近、ミラノで開催されたフード博に参加し、その際実演した料理の一部が本日出されている。
時計回りで、一番上がたけのこと海草ときのこ、お酢でマリネしたトマトと山菜、それからくるみ豆腐。
ゴマだれは伝統的に重要とされており、現在はゴマ豆腐にくるみ豆腐を加えている。
次は山で採れたルバーブに似た植物をゴマと味噌で和えたもの。
そして、他の大豆類に比べると、絶妙な味わいと強い緑色が特徴の地元産大豆を使用した豆腐もどき。

酢醤油でマリネされた菊の花びらは、地元で採れた秋の季節ものでもある。
次の料理は天然のきのこ。最後の料理はしそから作られたもの。
前にも触れたとおり、全ての食材は地元の山や海で採れたものだ。

これらが典型的な月うさぎメニューである。
こういった知識を受け継ぐことはとても重要で、
この食事は、山であなたが必要とするエネルギーの全てを補うことが出来る。

今いる部屋は、江戸時代から要人を迎えるためのもので、建物の中でもっとも威厳がある。
食事をする部屋は全て畳敷きになっているが、
この部屋では高官がさらに高い位置に座れるよう、少し高くしてある。


料理長 伊藤さん

我々が食事した建物は、とても古い玄関を通り抜けた後にあり、大部分は、
仏教と神道が分離された時代の明治時代(1868年−1912年)に建てられたものである。
食材や下準備の情報が無ければ、言葉では言い表せないであろう、
繊細かつ上品な料理を食した私達は、山形交響楽団が初めて屋外で行うコンサートに参加する準備をする。
私達の西洋生活様式では、肉体的及び精神的鍛錬をもってその食べ物に値するだけの
お返しをするのはできないだろうと感じながらその場を後にした。
「そうできれば」と願うことしかできない。



偉大な古代杉と萱葺き屋根の三神合祭殿を背景としたコンサートの設定は美しかった。
雲がかかってくるかもしれないという緊張もあったが、コンサートが始まった瞬間、天気が良くなり始めた。
杉が太陽の光を柔らかく満ちわたらせ、我々の前にいる才能ある音楽家達を迎えていた。
吉村美栄子知事は、山形への歓迎の挨拶を行った。


吉村美栄子山形県知事

開会の挨拶後に山伏がほら貝を吹き、オーケストラの紹介がある。
古代杉の中でその雰囲気は作り出される。



オーケストラが演奏し、天気は持ち、観客は皆、魂を奪われた。
杉はオーケストラの音を完璧とし、すばらしい自然のコンサートホールとなる役割を担った。



コンサートが終了した後また山を下り、伝統的な日本旅館に宿泊する。
湯田川温泉にある宿泊が楽しみとなるような九兵衛旅館である。
1000年以上止まることなく湧き続けている天然温泉が特徴である。
旅館の主人は300年以上の家族経営の旅館であると言う。

我々が泊った部屋はメゾネットタイプで、和室と板の間があった。
絶え間なく流れ続ける温泉の湯船は上の階だ。

 

部屋の空気と温度は完璧である。
夕食は昼食とは違い何が出るのか見当が付かなかったが、同様に素晴らしいものだった。
今回の食事は、地元で厳選された食材と賞を獲得したお酒である。



山形県庁の友人達のおもてなしは、時間と気持ちを惜しむことなく費やす、並々ならぬ日本式のものだった。
山形とその文化、歴史、現在の生活に対するはっきりとした熱意が感じられた。
彼らと一緒にいることは喜びだった。我々の友人からの贈り物は、御殿まりで、
様々な色の糸で縫われており、侍の家の女性達が作っていたもので長い伝統がある。
我々の友情を結びつけるものだ。



旅はまだ終わらない。次の日は、朝食にまた素晴らしい食事を頂いた。
それから鶴岡の海岸沿いにある50種類以上のクラゲを有する一風変わった加茂水族館に行った。
日本には非常に興味深い専門的な博物館が多く存在する。
現在この投稿を執筆しているのも岐阜にある昆虫博物館の隣である。
どの博物館も訪れる価値がある。

 

加茂のクラゲコレクションは全く桁外れで、自然界の多様性そのものの展示である。
温室効果ガスの影響による海洋の酸性化のため、ある種のクラゲは上の方にいるのが一般的である。
我々にとっては、形や大きさなど様々な種類の多様性を見ることが出来て興味深いものである。
ここでは何時間でも過ごすことができる。

文化に戻り、致道博物館を訪問し、光栄にも副館長の酒井忠順氏による御案内で、
日本の文化的財宝でもある貴重な品々を見た。



酒井忠順さんの家に伝わる侍の刀と甲冑のコレクションを拝見した。
日本の文化的に重要な品々であり、何世紀にもわたり、
その地方の有力者だった一族に受け継がれてきたものだ。
歴史の変動の中、非常に重要なコレクションが19世代に渡り受け継がれ大事にされてきて、
完璧な状態であるということは普通ではないことを忠順さんに伝えた。


致道博物館 酒井氏の庭

昼食のあと、悲しいことに山形、そして新しい友人達と別れる時間になった。
東京に戻る新幹線に乗る。この旅は思い出に長く残るものになるだろう。

2016.12.12:[トピックス]
観光情報の検索

合計112,870,418件 今日42,533件 昨日98,177件