即身仏が語りかけるもの
以前は秘仏として、主に地元の人々たちより尊ばれてきた即身仏。ミシュラン・グリーンガイド・ジャポンへの掲載や1973年に芥川賞を受賞した森敦の『月山』、近年では村上春樹の『騎士団長殺し』などの小説にも掲載されたことで、その存在を知ったという人々が国内だけではなく、海外からも大勢訪れています。
今なお在り続け、人々の祈りを見守ってくださる即身仏巡礼の旅に出かけてみませんか?
即身仏とは・・・?
飢饉や病の苦しみや悩みを代行して救うために修行に挑み、自らの体を捧げて仏となられた方を即身仏といいます。即身仏への修行を途中で投げ出すことは許されず、修行に耐え抜いた者のみが即身仏になることができました。
即身仏となられた現在でも、世の平安と人々の安寧な生活を祈ってくださっていることでしょう。明治時代に法律が変わり、いくつかの法に違反してしまうため、現在では自ら望んでも即身仏になることはできません。大変貴重な仏様なのです。
即身仏になるための修行とは、どんな修行だったの?
即身仏になるための修行は、大きく分けて「木食修行(もくじきしゅぎょう)」「土中入定(どちゅうにゅうじょう)」の2つです。
「木食修行」は、山に籠り、1000日~5000日かけて米・麦・豆・ヒエ・粟などの五穀・十穀を絶ち、山に育つ木の実や山草だけで過ごして肉体の脂肪分を落とし、生きている間から即身仏に近い状態に体をつくりあげていく修行です。
「土中入定」は、命の限界が近づいたと自ら悟ると、深さ約3mのたて穴(入定塚)の石室の中に籠ります。その中で断食を行い、鈴を鳴らし、お経を読み続ける最後の修行です。
死後3年3ヶ月後に掘り起こされ、若干の手当をしてから乾燥させ即身仏として安置されます。
即身仏ってミイラとは違うの?
即身仏ってミイラでしょう?というご質問をよくいただきますが、実は全く異なります。
一般的にミイラは死後、身体の腐敗を防ぐために人工的に臓器を取り除いて防腐処理を行い、乾燥させ、布でくるんで棺に収められます。人工的に加工されていること、布でくるむことが大きな違いですが、難行苦行と言われる修行に耐え抜いた末に即身仏になったことがミイラとの最も大きな違いです。
山籠もり修行の聖地 湯殿山
出羽三山の奥之院 湯殿山の仙人沢は山籠もり修行の聖地でした。その修行期間は短くとも1000日。冬になると雪で埋もれてしまうほど豪雪地帯の湯殿山、それでも山を下りることは許されません。寒さに加えて食べ物の調達も難しく、修行の途中で倒れてしまう人もいたほど大変厳しい修行だったそうです。
今も山岳信仰の聖地として知られ、絶えず参拝者が訪れる湯殿山。湯殿山神社本宮では写真撮影禁止、参拝は土足厳禁という厳しい戒めで知られています。参道を素足で歩き、修験者が感じた山の大地の気を感じてみてください。